アイドルはご機嫌ななめ

         〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 


     5


梅雨のさなかとは思えぬほどの上天気の下、
土曜のにぎわいに満ちていた Q街の繁華街の一角にて。
もしも捕り逃がしておれば
馬鹿にならぬほどの資金源となろうブツの取り引きを
みすみす見逃したことになっただろう、
それはもう途轍もない級の大ごとが起きたはずなのに。
現場の印象としては…何が何だか。
気がつけば終息してしまっていたという鮮やかな捕り物 これありて。
パニックが起きた訳でもなかったし、
通行人の皆様にも一切気づかれちゃあいなかったそれだったが。
さすがに当事者らは別か、
そんな空気を鋭敏に感じ取ったのだろう、
撮影班のほうでも、若いのが数人ほど、
持ち物投げ捨て、アスファルトを蹴っての
なりふり構わずという体でダッシュしかかっていたけれど。
そっちはそっちで、
警視庁から来て張り込んでいた、
主に捜査二課や四課の刑事さんたちから取り押さえられており。
ずんと上のほうからの、根拠がよく判らぬお達しにより、
最寄りの所轄署から、
交通整備と 誰へなのか警備にと配置されてた署員の皆様には、
事情が半分しか伝わっていなかったらしいのも考慮して、

 『いや何、撮影班に紛れ込んでた窃盗犯を逮捕したまでです。』

嘘は言ってない文言を残して検挙を済ますと、

 通りすがったら 恐持てのおじさんに絡まれた女子高生と、
 それを救いに飛び出した、
 勇敢だったけどちょっと無謀な お友達を連れて

警視庁班の皆様は、するすると本庁のほうへと戻ってしまわれて。

 『一番最初にダッシュかけやがったのが、
  一味の頭目だったのには呆れたが、
  それを取っ捕まえたのが島田さんトコからの助っ人さんで。』

いやぁ反射のいいのが居るんだねぇ、
いや本当に助かったよ、何から何まで…と。
窃盗・故買担当の二課の課長さんから握手つきで感謝されたが、

 『…助っ人?』

一課の、というか島田班から参加したのは、勘兵衛と征樹の二人だけ。
だって微妙に担当が違うし、
そもそも、強行窃盗犯が人を刺しまでして奪ってった代物を手土産に、
そやつらに匿われたことがあったので、
やや意固地になってのこと、逃がすものか許すものかと追ってただけなのだから、
他の課員に応援なんて頼めるはずもない……

 『……勘兵衛様。きっと良親です、それ。』
 『ああ。そうだろうな。』

極秘域でもお構いなしという辣腕さで、
情報収集から恣意的操作による撹乱まで、
ネット方面への働きかけも得意だし。
本人がビルの谷間を飛び越えるような荒ごとまでこなすという、
どんな依頼でも大概引き受ける、そりゃあ凄腕のエージェントだが。
警察関係者でもなけりゃあ、
情報提供という形での協力者とも微妙に違い、
むしろ、勘兵衛らが検挙するべき対象の側に住まう立場の男であり。
色んな意味から旧知の仲である征樹が
それとなく情報交換を持ちかけたことから、
こっちの動きにも注視してのこと、
こたびのプランをどこかから高みの見物でもしていたものか。
そんな中、首謀格が いの一番に逃げ出したのを、
それは無しだと、飛び込みで参加した彼だったのに違いなく。
結果として助けにはなったが、
そうじゃないかという輪郭が判ってしまうと。
ちょっぴり癪なのが征樹殿ならば、

 『こちらに肩入れすると、
  何かの拍子にそこを不審と突かれやせぬかの。』

 『…勘兵衛様、お優しすぎますって。』

彼の本業、裏世界での跳梁に障りがないかと案じてやる辺りが、
懐ろが深いというか、視野が微妙だというか…と。
勘兵衛のそういうところをこそ案じる征樹さんだったというのも、
随分と後日にお嬢さんたちに届いた後日談。

 「撮影をしていたのは、
  届けも出しての堂々と構えていたことだけに、
  見物の人たちも納得していたようだったけれど。」

有名菓子店のスィーツだの酒の肴だの持って来ても、
花屋に花束持って来るようなものかもと思ったか。
幻の銘酒と、それを作る製法の途中に出る上澄み部分で作ったという
こちらもなかなか手に入らない特濃果実ジュースとを、
お取り寄せして“八百萬屋”まで持って来た佐伯さんの言うことにゃ、

 「刑事もののドラマも撮ってたらしいという話も広まってましてね。
  いつ封切りなのか、
  警官も出ていて、移送車まで繰り出してたが、
  あれは本物が協力したのかって問い合わせがあるらしいですよ。」

まあ、勘兵衛様はいつもの体で、
知らぬ存ぜぬで通しておいでだけれどと、肩をすくめる征樹殿であり。

 「勘兵衛殿は案外と鉄面皮だったからの。」

早速のお味見と、
お持たせの特濃ジュースを炭酸で割って
そこへクラッシュアイスをざっくと満たした、
いかにも涼しげなサマードリンク、どうぞと供したそのついで。
はっはっはっと それはおおらかに笑った五郎兵衛だったのへ、

 「案外とと思う方が、順番としてはお珍しいんですって。」

結構な壮年だが 決して取っ付きにくい人じゃない。
誠実実直、でもでもさほどにお堅いということもなく、
居眠りを誤魔化してか、
時々パソコンの画面を見つめる振りして瞳孔が開いていることもあるとは、
内勤組の婦警らのお喋りで拾った征樹であり。
そんな風に、決して恐持てではないのだよとしておきながら、
そこはやはりベテランで、仕事に関しては一徹で。
戦闘態勢に入れば、
同じ班の、それこそベテラン組のお歴々でも背条が伸びてしまう、
そりゃあ勇ましく、しかも隙のない切れ者でもあると、誰もが恐れてやまぬ人。
出世だの昇進だのという面では不器用この上ないけれど、
現場での働きや采配は、
どんな軍師を持って来たところで追っつかないだろ辣腕だし、
上層部でも、善しにつけ悪しきにつけ それを認めておいでのようで。

 「そのせいか、今回のゴタゴタでも、
  報告上 意味不明かも知れぬと懸念されるところが多少あるんで
  実際 冷や冷やしてたんですがね。
  どうやら不問に付されそうだということで。」

その“懸念されるところ”というのは、
もしかせずとも

@怪しい取り引き情報を得ての張り込み現場と、
 一体 何へのカモフラージュか、
 犯罪一味の顔触れが多数紛れ込んでいたグループによる
 モデルを使っての撮影現場が重なっていたことと。

@そんな微妙な現場へ どういう偶然でか通りすがった女子高生らが、
 きゃあ・いやぁんと振り切ったら、
 よっぽど当たりどころが悪かったらしく、
 恐持てのその筋の男らが延びてしまったという顛末のことだろう。

これまでにも あのお転婆さんたち絡みの
様々なすったもんだを経験済みなだけに、
細かく言われずとも通じておいでということか。
苦笑が消えないままという五郎兵衛殿だったので、

 「胡散臭いと勘ぐれば、色々と舞い飛ぶ埃もありそうな運びですが、
  そんなことをして、得をする者もいなかろということなので。」

それでの穏便な計らいが通りそうな気配だと、
こそりと付け足した佐伯刑事だったのへは、

 「勘兵衛殿が出世街道まっしぐらのエリートでのうてよかったの。」

個人的な敵も少ないことだろと、
くつくつと微笑っての、深くは問い返さないマスターで。
勿論のこと、
何でどうして、単なる通りすがりの身で
すれ違ったおじさんの指を絞め責めたり、
特殊警棒なんて武装をしていたお嬢さんだったか、とか。
警戒中の取引現場…とは言っても、
取引をする肝心な役者が誰かの断定がなされておらず、
その場でもぶっつけになろうと危惧していた警察サイドだったというに、
いち早く 当事者がいた路地裏を嗅ぎつけた格好の彼女らだった謎へも、
深く言及はされぬだろという意味であり。

 「おや。あの二人は、たまたま通りすがっただけではなかったかの?」
 「やですよ、片山さん。今更そんな風に途惚けるなんて。」

そういうのは勘兵衛様だけで十分ですてと、
しょっぱそうに目元をくしゃりとたわめて苦笑した征樹殿だったそうで。
選りにも選って警察の警護という盾の中で、
非合法薬物の売買なぞという悪質な取引をしようだなんて。
不届き極まりない、しかも悪党の自惚れまみれの企みだったの、
あっさりと粉砕出来て、面目も保てて、ああ良かったでいいじゃないですかと。
コクのある果実のサワードリンク、しみじみと堪能した保護者陣営たちであり。






 「……で? 林山ヒナ子さんて何年のどういう人なんですか?」
 「それが、英国の姉妹校に留学中の、短大生のお姉様なんですて。」

本人には内緒の仕儀だったとはいえ、
お名前を勝手にお借りしたなんて、
判ったならあんまり気持ちのいいことじゃなかろう。
そこは平八も気になったものか、
勘兵衛らから“じゃあこの人に成り済ましなさい”と指示されたお人、
翌日あわてて調べたところが、
そういうお立場のお嬢さんだと判明。

 「少なくとも構内で鉢合わせるような恐れはないらしいと判って。」
 「ホッとしましたね。」
 「………。(頷、頷)」

その筋の恐持てのおじさんには怯みもしないのに、
野卑な笑いようをしつつ立ちはだかるよな、
チンピラ数名なんてのには 冷然と笑い返せるのにね。
それは非力であろうお嬢さんが相手のこういう運びへは、
非難されたらどうしようとか、傷つけていたら…とドキドキしてしまうのだから、
相変わらず ヲトメ心というのは複雑なもんであり。
そういう危惧は起きなさそうだと、
やっとのこと安堵した旨を語っておれば、

 「お主、学校の資料はほとんど日記扱いなのだな。」
 「うあっっ!」
 「……っ!!」
 「かっ、勘兵衛様っ?!」

あまりに唐突、あまりに間近な背後から割り込んだ男性のお声。
しかも、あわわと一斉に振り仰いだ先にいたのが
他でもない……島田勘兵衛その人だったものだから。
三華の三人共がどっひゃあと飛び上がったのは言うまでもない。
筆者ともども“おおう”と吹っ飛びかかった展開の中、
遅ればせながら、状況を大慌てでご説明するならば。
此処は女学園の裏庭にあたる位置に広がる野外音楽堂で。
お昼休みプラス、五時限目が自習とあって、
のんびりとランチタイムに浸っていた、
勿論、セーラー服(夏服)姿の三人娘だったのであり。
特に警戒のつもりはないけれど、
例えば今日なぞちょっと特殊な話題を持ち出してもいたが故。
石づくりのステージと向かい合う格好、
こちらも石のベンチが扇状に配された客席部分が、
四方八方へあっけらかんと開放されてる場所だけに。
誰かが寄って来ても気づきやすいというチョイスで
此処にいた彼女らだったのに。
単なるクラスメートどころか、部外者で殿方で、
しかもしかも…その特殊な話題の“共犯者”でありながら、
微妙に共有してない部分もある間柄というお相手代表の
島田警部補でもあるものだから。

 「足音も気配も無しとは、油断も隙もありませんね。」
 「お主に言われとうはないぞ、平八。」
 「あらためてアタシらを叱りに来たのですか? 勘兵衛様。」
 「その前に…。」

矢継ぎ早に言い立てる平八や七郎次はともかく、

 「制服にもそれを仕込んでおるのだな、お主。」
 「………。」

軽やかなカールのかかった、金の前髪がかぶさった双眸も鋭いまま。
いつもの得物の特殊警棒を、
反射的としか言いようのない猛スピードで二本とも振り出しての、
二人を庇うように立ち塞がり、騎士の如くに身構えた久蔵だったのへ。
どんだけ悪者認定されているものかとでも思ったか、
それこそ大人げなくも目許をやや眇めた勘兵衛だったけれど。

 「今日ここへ来たのは、
  衣替えとあって
  婦女子には警戒するものも多かろうという種の、
  注意喚起の案内状を届けに来たまでだ。」

 「…それって地域安全課のやることでは?」

あまりの驚きに飛び上がったものの、そこはそれ、柔軟さも売りのお年ごろ。
警視庁の、しかも刑事課の警部補さんの仕事じゃないでしょうと、
いち早く気づいてのこと、ツッコミを飛ばしたのが平八ならば、

 「左遷されたか。」

物騒な特殊警棒を、
夏服だとスカートのベルトに装備しているらしい その定位置へ仕舞いつつ、
ぼそりとおっかないことを言ったのが久蔵で。
彼女らが利発なのも こういうやりとりも、それこそいつものことな筈だのにネ。
相手が相手だし、あのそのえっと、と。

 「あの……。//////」

どうした訳だか、唯一いつもの才気煥発さが現れないまま、
あわあわと戸惑うばかりとなっている七郎次なのへ。

 「シチ?」
 「ありゃまあvv」

紅ばらさんはキョトンとし、
逆にひなげしさんは ははぁんと何にか気がついて。
ついでに気を利かせましょと思ったか、

 「殿方と言っても警察関係者ならお堅い相手ですもの、安心ですよね。」
 「え? はい?」

お弁当箱は巾着袋に仕舞ってあったし、
特に打ち合わせるよな御用もなかったしということで、と。

 「じゃ、そういうことで。」

久蔵の手を取ると、さっさと回れ右をして、
校舎の方へと歩きだす彼女であり。

 「???」

何のことやらとキョトンとしたままだった久蔵も、
数歩ほど離れてから ああと遅いめの納得に至ったようで。
仲よし同士で細い肩をこつんとぶつけ合い、
クスクス笑い合いつつ、素直に退去を演じての さて。

 「あのあの…。/////」

おかしいな。何でだか口が回らないぞ。
一昨日の騒ぎへの乱入を改めて叱られそうだからかな。
このシチュエーションが初めてだからかな。

 学校でお会いしたことがないって訳でもないのにね。
 制服でお会いしたことがないって訳でもないのにね。

勘兵衛様だっていつものスーツ姿だし。
叱りに来たとしても、ピリピリとまでは怒ってらっしゃらないみたいだし。
ああでもそういや、

 授業中の静かな此処でって格好で、
 向かい合うなんてことはなかったからかな。

実は経験がないとは言わない、サボタージュの真っ最中みたいなハラハラ。
誰かが通り来たらば、何て言い訳すればいいのかというドキドキ。
まあふしだらなと…言われたって構いはしないが、
ああでも勘兵衛様は、お立場上 困るだろうな。
それに、そんなはしたない考え方をする娘は お嫌かな?

 そんなあれこれがグルグルして、いつもと違うドキドキがする。

頼もしい肩や雄々しい胸板や、
何と言っても精悍で男らしいお顔から視線が外せない。
時々 吹き抜ける涼風に長めの髪を揺らされて、
いつまでも口を開けないままのこちらを、
少し困ったように、でもやわらかく微笑んで見つめてて。

 「あれで気を利かせたつもりかの。」

くすんと小さく笑みを重ね、
平八や久蔵が席を外したことを指した勘兵衛へ、

 「あの…勘兵衛様?」

鬼百合との異名も返上せねばというほどに、
含羞みしきりの七郎次お嬢様。
ついのこととて、白い手をスカート前にてもじもじと揉み合わせておれば、

 「そういえば、怪我はしておらぬのか?」
 「はい?」

指絞めなぞと随分と変わった技を繰り出したそうだが、

 「昔と違って、今のお主では握力もそうそうなかろうに。」
 「えっとぉ…。//////」

唐突な声かけに驚いて、跳びすさってしまったとはいえ、
足元にベンチが居並んでいては、それほど距離を開けられた訳でなし。
上背に見合って腕も長い勘兵衛が、
七郎次の手を取り、どれと具合を見てくれて。

 ああ、暖かいな。
 ちょっと乾いていて、堅いところもあるかなぁ。
 それに何より大きいなぁ、と

ドキドキがウキウキに変わりかけてた白百合さんだが。
此処が学校の中だと我に返ったなら、
はてさて どんなに慌ててどんなお声を出すことか。

 “叱りにというか、注意をしに来たには違いないのだが。”

こたびの騒ぎの核となったる平八は、
気を利かせたつもりかも知れぬが、
結句、あっさりと逃げを打ってしまわれたことになり。

 まあいっか、と

こちら側にも正規の段取りから外れたことがなかったとは言えず。
結構 巨額な薬物が動くところだった取引を潰せたし、
当初からの目的だった、
“取り引き屋”なんてなふざけた特化集団を、
見事 お縄に出来たのは幸いだったし。
プラスマイナス、上々な結果になったのだしなと。
それよりも、淡雪のように脆い手触りの肌した幼い恋人の、
いつになく清楚で初々しい含羞みを、
いつまでも眺めていたくなった警部補だったようでございます。


  ……やってなさい。




     〜Fine〜  13.06.07.〜06.10.


  *なし崩しな終わり方ですいません。
   こんな言い方も何ですが、
   今回の敵
(?)は大した相手じゃなかったようで。
   ヘイさんとしては、
   女学園の他のお嬢様が怖い目に遭うくらいならと、
   身代わりに立ったようなもの。
   勘兵衛様としても、まあそのくらいならと油断してたらこれです。
   気を引き締めにゃあと思ったかどうだか……。(笑)

ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv

メルフォへのレスもこちらにvv


戻る